僕が自分の髪にコンプレックスを抱き始めたのは、三十代に突入した頃でした。鏡を見るたび、少しずつ後退していく生え際と、光に透ける頭頂部が気になって、人と話す時も相手の視線が自分の頭に集まっているような気がして、いつもどこか自信が持てずにいました。黒々とした髪は、薄い部分とのコントラストを無情にも際立たせ、僕の心を重くしていました。そんなある日、海外の俳優が、薄毛を隠すことなく潔いベリーショートの金髪にしている姿を雑誌で見かけました。その姿は、薄毛を悲観するのではなく、むしろ個性として堂々と見せていて、僕の目には衝撃的に格好良く映ったのです。「これだ」と直感的に思いました。隠すのではなく、攻めのスタイルに変えてみよう。そう決意した僕は、週末、評判の良い美容室のドアを叩きました。美容師さんに「薄毛が気にならないように、思い切って金髪にしたい」と正直に伝えると、彼は僕の気持ちを汲んで、頭皮への負担が少ない方法を提案してくれました。初めてのブリーチは、頭皮がピリピリと痛むような感覚があり、正直不安でした。しかし、全ての工程が終わり、鏡に映った自分の姿を見た瞬間、僕は言葉を失いました。そこにいたのは、今までのもっさりとした自分ではなく、まるで別人のように垢抜けて、明るい印象の男でした。金髪になった髪は、不思議なことに、薄い部分を全く感じさせませんでした。地肌の色と馴染んで、どこからが髪でどこからが肌なのか、その境界線が曖昧になったような感覚です。翌日、会社に行くと、同僚たちは驚きの声を上げましたが、そのほとんどが「似合うじゃん!」「なんかオシャレになったね」という好意的なものでした。何より変わったのは、僕自身の気持ちです。あれほど気にしていた他人の視線が、全く気にならなくなりました。むしろ、見てくれと言わんばかりに、堂々と胸を張って歩けるようになったのです。もちろん、金髪を維持するためのケアは大変です。でも、鏡を見るたびに憂鬱だった日々に比べれば、そんな手間は喜びでしかありません。金髪は僕にとって、ただの髪色ではなく、コンプレックスを自信に変えてくれた、人生の転機そのものだったのです。